36協定の留意点について弁護士が解説
皆様は「36協定」という言葉をご存じでしょうか。もしご存じでない場合、無自覚に刑事罰を課す法律に違反してしまっているかも知れません。
厚生労働省の平成25年度労働時間等総合実態調査によると、36協定を締結していない事業場は全体で44.8%もあり、中小企業に限ると56.6%にも上ります。36協定を締結していない理由として、そもそも「36協定の存在を知らなかった」という理由を上げている使用者が35.2%にも上ることからも36協定の認知度は極めて低いと言わざるを得ません。
そこで、本稿では、実務上極めて重要性が高い36協定について解説していきます。
1. 36協定とは
1日8時間・1週40時間の法定労働時間(労働基準法32条)を超えて労働(法定時間外労働)させる場合又は法定の休日に労働(法定休日労働)させる場合には、あらかじめ事業場に労使間で書面による協定を締結し、その事業場を所轄する労働基準監督署長に届け出ることが必要です。
この事業場の労使協定のことを、労働基準法36条に規定されていることから、一般に「36協定」と呼んでいます。36協定は、「常時10人以上の労働者を使用」(労働基準法89条)していないことから就業規則を作成しなくてもいい事業場であっても、必ず締結・届出をしなければならないものです。
なお、使用者は、締結・届出した36協定を常時各作業場の見やすい場所へ掲示し又は備え付けること、書面を交付すること、またはコンピュータを使用した方法によって労働者に対して周知する義務を負っています(労働基準法106条1項)
2. 36協定を結んでいないとどうなるのか
そもそも36協定を結ばずに法定時間外労働・法定休日労働を実施した場合、違法な時間外労働を実施したものとして、労働基準法32条違反で6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(労働基準法119条)が適用されます。
また、後述する36協定で定めた限度時間を超えて労働させた場合も同様です。
この規定は、社長のみならずその事業場の責任者個人も対象とし、個人に対して刑事罰が課されるおそれがあるものである、ということに留意することが必要です。
なお、36協定は使用者に対して労働基準法32条違反の刑事責任を免責する効果を持ちますが、個々の労働者に対して時間外・休日労働を命じるためには、就業規則の定め等によって労働契約上、時間外・休日労働を命じる法的な根拠が必要です。
3. 36協定にはどのような内容を規定すればいいのか
3-1. 現行法での規制と問題点
3-1-1. 現行法の規制
36協定を締結するにあたっては、以下の①~⑤を定めることが必要です。
① 時間外又は休日の労働をさせる必要のある具体的事由
この点については、「臨時の受注、納期変更のため」、「月末の決算事務」など具体的に記載することが必要です。
② 業務の種類
③ 労働者の数
④ 1日及び1日を超える一定の期間についての延長することができる時間、又は労働させることができる休日
ア.限度時間
1日をこえる一定期間の延長することができる時間については、いわゆる時間外労働の限度に関する基準(平成10年12月28日労働省告示154号「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長に関する基準」(以下「時間外限度基準」といいます))が定められています(詳細は下表のとおり)。
期間 | 時間外労働の上限時間 |
---|---|
1週間 | 15時間 |
2週間 | 27時間 |
4週間 | 43時間 |
1ヵ月 | 45時間 |
2ヵ月 | 81時間 |
3ヵ月 | 120時間 |
1年間 | 360時間 |
イ.特別条項(年6回まで)
ただし、延長限度時間は、特別事情(臨時的なものに限る)がある一定期間のための特別条項が許容され、その場合には、当該一定期間について労使当事者の定める手続により、限度時間をこえる一定時間まで労働時間を延長できる旨をその場合の割増率とともに定めなければならないとされています。
⑤ 有効期間
期間の長さについて制限はありませんが、実務上は有効期間を1年と定める例が多い、と言われています。
3-1-2. 現行法の問題点
これらのうち、時間外限度基準を超える延長時間を36協定に定めたとしても、使用者に罰則の定めはありませんでした。
加えて、労使協定で定めた延長時間を超えて働かせた場合、労働基準法32条違反となるところ、36協定で時間外限度基準を超える限度時間を定めることで、これを回避することが出来てしまうという点も問題でした。
さらに、特別条項によって延長できる時間については、限度となる具体的な基準が存在しなかったため、特別条項を適用できる1年のうち半分以下の期間に限っていうと、限度時間に全く制限がなくなってしまう、という問題点もありました。
3-2. 改正法
3-2-1. 改正の背景
現行法は、上記のとおりの問題点があったことから、働き方改革の下、長時間労働に歯止めをかけるため、罰則付きの時間外労働の上限規制が設けられました。
具体的には以下のとおりです。
-
時間外労働の上限(「限度時間」)は月45時間・年360時間となり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることはできません。
-
臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(=特別条項、年6回まで)でも
ア.時間外労働の年間上限が720時間以内
イ.1ヵ月の時間外・休日労働が100時間未満
ウ.2ヵ月ないし6ヵ月の時間外労働・休日労働の平均が80時間以内
上記の規定は平成31年4月1日(※下表の中小企業に該当する場合は平成32年4月1日)より適用が開始されることになります。
【中小企業の範囲】
業種 | 資本金の額または出資の総額 | 常時使用する労働者の数 | |
---|---|---|---|
小売業 | 5000万円以下 | または | 50人以下 |
サービス業 | 5000万円以下 | または | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | または | 100人以下 |
その他の事業 | 3億円以下 | または | 300人以下 |
3-2-2. 改正後の36協定の内容
改正後の36協定では、以下の内容を定めることが必要です。
① 労働者の範囲
② 対象期間(1年間に限る)
③ 労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる場合
④ 1日、1か月及び1年、それぞれの期間について労働時間を延長して労働させることができる時間又は労働させることができる休日の日数
⑤ 労働時間の延長及び休日の労働を適正なものとするために必要な事項として厚生労働省令で定める事項(後述する労働基準法施行規則17条)
⑥ 当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第三項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合において、一箇月について労働時間を延長して労働させ及び休日において労働させることができる時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め百時間未満の範囲内に限る。)並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間(同号に関して協定した時間を含め七百二十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。この場合において、第一項の協定に、併せて第二項第二号の対象期間において労働時間を延長して労働させる時間が一箇月について四十五時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、一箇月について四十二時間)を超えることができる月数(一年について六箇月以内に限る。)を定めなければならない。
→改正後の労働基準法施行規則17条は36協定の記載事項について以下の通り定めています。
ア.有効期間の定め
イ.1年の起算日
ウ.
・1ヵ月の時間外・休日労働が100時間未満
・2ヵ月ないし6ヵ月の時間外労働・休日労働の平均が80時間以内を満たすこと
【以下は特別条項を設ける場合に規定が必要です】
ア.限度時間を越えて労働させることができる場合
イ.限度時間を越えて労働させる労働者に対する健康及び福祉を確保するための措置
ウ.限度時間を超えた労働に係る割増賃金の率
エ.限度時間を越えて労働させる場合における手続
4. 36協定を締結するための手続はどのようにすればいいのか
4-1. 36協定の当事者
上記のような内容の36協定を締結する場合、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合(以下「過半数組合」といいます)と、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては、労働者の過半数を代表する者(以下「過半数代表者」といいます)と36協定を締結する必要があります。
ここでは、中小企業が多くの場合36協定を締結する相手方となる過半数代表者選出の留意点について解説します。
4-2. 過半数代表者の選出方法
過半数代表者に選出されるためには、以下の①・②を両方満たすことが必要です。
- 管理監督者ではないこと
- 36協定を締結するための過半数代表者を選出することを明らかにした上で、投票、挙手等により選出すること
ここで注意しなければならないのは、使用者の意向によって過半数代表者が選出された場合、その36協定は無効となる、と解されていることです。よくあるケースとして、会社の総務担当者が自ら作成した36協定に過半数代表者として署名・捺印をして管轄の労働基準監督署に提出してしまっているようなことがあります。
このように、使用者の意向によって過半数代表者が選出された場合、36協定が無効とされ、時間外労働は労働基準法32条に違反することになります。
5. 最後に
36協定は労務管理において極めて重要であるにも関わらず、理解が不足しているケースがほとんどです。本稿の内容に沿った36協定を締結・運用していないと労働基準監督署から是正勧告を受けたり、最悪の場合刑事罰を受けてしまうリスクがあります。
なお、今まで限度基準の適用がなかった業種であっても、2024年4月1日以降、ほとんどの業種が限度基準の対象となってきます。お早めに弁護士に御相談なさることをお勧めします。