1.はじめに
中小企業の多くにとって、次世代への事業の引継ぎは、重要な課題になっています。これは、東京・大阪等の都市圏に限らず、福岡県をはじめとする九州圏内でも、同様の状況があります。
中小企業へのアンケート(出典:株式会社東京商工リサーチ:平成29年3月作成「平成 28 年度中小企業・小規模事業者の事業承継に関する調査」)によりますと、以下のような結果が出ています。
中小企業へのアンケート結果
- 今後10年間について、「成長が期待できる」か「現状維持が可能である」と考えている経営者が、90%近くである。
- 「次世代の経営を誰かに引き継ぎたい」と考えている経営者が、約65%である。
このように、事業面では安定しており、将来的な維持・発展が見込まれている中小企業の経営者の多くは、次世代の経営者のことを検討しています。
他方で、同じアンケートによりますと、「次世代への引継ぎは未定」か「自分の世代で廃業をする予定」である経営者も、約35%存在しています。そのうち、最大の理由とされているのが「適切な後継者がいない」という点です。
後継者が見つからない場合には、最終的に、自分の世代で廃業をする以外に選択肢がなくなりますが、廃業は、以下のようなデメリットがあります。
廃業のデメリット
- 会社の従業員の雇用が失われてしまう。
- 会社が長年月をかけて培ってきた商流/技術/ノウハウが失われてしまう。
- 地域の取引先に迷惑をかけることになる。
- 結果として、地域経済の停滞につながる。
九州圏内では、東京・大阪等の都市圏よりも、必然的に、このような点も懸念点となります。
そのため、次世代に事業を引き継ぐことが、中小企業の経営者にとって、重要な問題となっています。
2.事業を引き継ぐ方法
次世代に事業を引き継ぐ方法には、大別して、以下の3つの選択肢があります。
- 親族内への承継
- 従業員への承継
- 外部の第三者への承継
1と2が、「事業承継」
3が、「M&A」
と呼ばれています。
1は、金融機関、取引先及び従業員の理解を得やすい反面、以下の欠点があります。
- 子がいない。
- 子が他の会社で勤務しており、戻ってくる見込みがない。
- 子はいるが、能力的に後継者にすることができない。
2は、社内の理解を得やすく、企業文化の維持が見込まれる反面、以下の欠点があります。
- 従業員が、会社の株式の買い取り資金を用意することができない。
- 従業員が、金融機関に対して会社の借入の連帯保証をすることに難色を示す。
- ナンバー2としては有能であるが、経営者としては未知数である。
3は、内部に後継者がいない場合に、特に有効です。また、外部の第三者に会社の株式を売却しますので、現経営者の引退後の生活資金を一括で手に入れることができます。その反面、以下の欠点があります。
- 売却先が見つからない。
- 従業員や取引先に、不安を与える可能性がある。
実際には、身内の中に、後継者になる「意欲・能力・経験」を持っている方がいる場合には、1の選択肢を検討することになり、そうでない場合には、3の選択肢を検討することが多くなります。2は、実際には、あまり選択されません。
3.事業承継の特徴
身内の中に、後継者になる「意欲・能力・経験」を持っている方がいる場合には、事業承継の方法が有効です。
事業承継のポイント
- 会社の「所有権」を後継者に集約させる。
- 会社の「経営権」を後継者に集約させる。
会社の「所有権」は、「株式」と言い換えることができます。事業承継では、現経営者が所有している株式を、できる限り、後継者に集約させることが重要になります。株式が分散して承継されてしまうと、株主間で意見がまとまらず、対立が生じるおそれがあるためです。そうなりますと、会社の経営が不安定になってしまいます。
会社の「経営権」とは、「代表取締役」・「社長」の地位と言い換えることができます。後継者候補の多くは、従前より会社に勤務しており、会社のビジネスを熟知している方であると思われます。そのような経験が乏しい場合には、ある程度の時間をかけて、会社の中で、業務の経験を積ませるほかありません。他方で、後継者にふさわしい「経験」が備わっているのであれば、「代表取締役」・「社長」の地位を交替することにより、「経営権」の承継をすることができます。
このように、事業承継は、会社の「所有権」と「経営権」の両方を、後継者に引き継ぐ必要がありますが、ポイントになるのは、「所有権」の承継です。「経営権」の承継は、「代表取締役」・「社長」を交代すれば完了しますが、これはいつでも可能です。
理由は、「所有権」の承継にあたって、事前に、以下の点を検討する必要があるためです。
承継をいつ行うか
身内への承継をする場合には、無償での承継を行うことが多いと思われます。もちろん、売買により有償で承継することも可能ですが、実際には、後継者が身内であることから、現経営者として、無償での承継を希望することが多くなります。
無償での承継をする方法には、
- 贈与
- 相続
の2つがあります。
贈与は、現経営者が存命中に承継を行うことができます。
相続は、現経営者の存命中に承継を行うことはできず、現経営者が逝去した時点で、はじめて承継が発生します。
後継者以外の相続人対策
後継者以外に、現経営者の相続人がいる場合には、注意が必要になります。現経営者が逝去した時点で、後継者を含めた相続人により、相続が発生します。現経営者の財産の中には、当然ながら、会社の株式も含まれています。
現経営者が、後継者1名のみに会社の株式を承継させたいという希望を持っているときには、事前に「遺言書」を作成して、その旨を明記しておく必要があります。
しかし、日本の法律は、「相続人間の平等な相続」を求めています。
例えば、現経営者の財産として、会社の株式以外にめぼしい財産がないケースで考えます。このようなケースで、後継者1名のみが、唯一の財産である会社の株式を独り占めしてしまうと、他の相続人は、不公平感を感じます。
日本の法律は、仮に「遺言書」でどのような記載をしたとしても、他の相続人に対しても、一定の財産を分け与えることを求めています。
これを、「遺留分」といいます。
遺留分があるのは、配偶者と子です。
言い換えますと、後継者以外にも、子がいる場合(=子が数名いる場合)には、「遺留分」の点を検討しておく必要があることになります。
「遺留分」が、後継者に対する株式の集約の妨げになる可能性があるためです。
この点は、贈与でも相続でも同じく問題になります。
税金の問題
事業承継では、税金の問題が、特に重要なポイントになります。
日本では、「無償での承継」をする場合でも、税金がかかります。むしろ、「無償での承継」をすることによって、「有償での売買」よりも、多額の税金が発生する可能性もあります。
また、「無償での承継」では、現経営者・後継者のいずれも、税金の問題を忘れたり、後回しにしがちです。
しかし、後になって多額の税金が発生するとなりますと、納税のための資金が必要になります。その時点で、納税のための資金がないと、何のための事業承継であったかということにもなりかねません。
このように、事業承継では、事前に、税金の点を考慮しておく必要があります。
税金の点を踏まえた承継の方法としては、
税金の点を踏まえた承継の方法
- 暦年での贈与
- 事業承継税制を利用した贈与
- 相続時精算課税制度を利用した贈与
- 相続
があります。
いずれの方法も、利点と欠点がありますので、会社の状況を踏まえて、慎重に検討する必要があります。
4.M&Aの特徴
身内の中に、後継者になる「意欲・能力・経験」を持っている方がいない場合には、会社を外部の第三者に引き継いでいただくことを検討することになります。
このように、「会社を外部の第三者に引き継いでいただくこと」を、「M&A」といいます。
M&Aは、身内ではなく、外部の第三者に承継してもらいますので、「有償での承継」になります。
M&Aのポイントは、以下の点です。
- あくまでも、現経営者の事業承継を主な目的としている。会社の「乗っ取り」ではない、友好的なものである。
- 現経営者による、これまでの経営が尊重される。例えば、M&A後に、急なリストラ等が行われることはない。
- 買手側としても、自社のみでの事業の拡大には限界があるため、M&Aにより事業の拡大を行いたいという意向がある。これにより、会社のグループ規模も大きくなり、会社の経営の安定に資する。
M&Aを行うことにより、会社には、以下のような利点があります。
- 後継者問題
→後継者がいなくても、会社の存続を図ることができます。 - 従業員の雇用確保
→廃業するのではなく、従業員の雇用を確保することができます。 - 取引先との取引継続
→廃業するのではなく、従前より利用いただいている取引先との取引を継続することができます。 - 事業の発展
→M&Aにより、会社の今後の発展も望むことができます。
M&Aを行うことにより、現経営者個人には、以下のような利点があります。
- 譲渡対価を得る
→M&Aにより、譲渡対価を得ることができます。これにより、引退後の生活資金を確保することができます。 - 会社の連帯保証から外れる
→現経営者が会社の借入の保証人になっている場合には、保証から外れることができます。 - 時間の獲得
→経営から引退することにより、セカンドライフのための時間を確保できます。 - 健康問題への対処
→自身の健康問題による将来の経営不安を回避できます。
M&Aは、主として、以下のいずれかの手法により行われます。
- 株式譲渡
- 事業譲渡
株式譲渡は、以下の特徴があります。
- 手続が簡易である。
- 売却対象となる会社は、そのままの状態で存続する(=取引先・利用者に与える影響を抑えることができる)。
利点
- 不要な資産/事業がある場合でも、承継対象になる。
- 簿外債務/偶発債務のリスクも、承継対象になる。
欠点
事業譲渡は、以下の特徴があります。
- 必要な事業のみを承継対象にすることができる(=不要な事業は承継対象外にすることができる)。
- 簿外債務/偶発債務のリスクは、承継対象から除外できる。
利点
- 承継する資産/負債/権利義務の手続が、煩雑になることがある。
- 従業員の転籍にあたり、個別の同意を得る必要がある。
- 許認可を自動的に引き継ぐことができない(=買手側で許認可を再取得する必要がある。)。例えば、介護事業は、原則として許認可業種であるため、買手側が、あらかじめ許認可を取得しておく必要がある。
欠点
このように、株式譲渡と事業譲渡の利点・欠点は、いわば「表裏」の関係にあります。
5.事業承継・M&Aを当事務所に依頼する利点
このように、事業承継・M&Aは、「事業の次世代への引継ぎ」という点では、共通した目的があります。
他方で、事業承継とM&Aでは、それぞれについて、検討すべきポイントが異なり、法律・税務の両面で、専門的な知識・理解が必要になります。
当事務所には、事業承継・M&Aの法務を専門とする弁護士が在籍しておりますので、法律面での適切なサポートが可能です。また、外部の税理士と連携することにより、税務面でのサポート体制も整っております。
事業承継・M&Aをお考えの経営者の皆様は、まず、当事務所にご相談ください。ご連絡をお待ちしております。