解雇無効及び従業員たる地位確認の請求をされた事例
相談内容
小売業を営んでいるA社は、パート社員Bを有期雇用していた。
A社は業務量の低下に伴う売上減少の状況が続いており、従業員の中で唯一パート社員のBに対し、勤務時間を短縮するか、又は退職し、より条件の良い会社への転職を検討できないか提案をした。
ところが、翌日BはA社に対し、解雇予告通知書を交付するように求めた。A社はBが自主的な退職を選択したと思い、A社の提案に協力してくれた以上、Bにとってもメリットになるよう「会社都合退職扱い」とし、離職後の失業手当の受給を速やかに行えるように解雇予告通知書を交付した。しかし、実際はA社にBを解雇する意思もなければ解雇した事実もなかった。
その後、A社の交付した解雇予告通知書を証拠とし、Bは「解雇無効及び従業員としての地位の確認」を求めて、A社を相手として訴訟を提起した。
争点
①A社による解雇の有無
②解雇の有無に関わらず、Bは民法536条2項本文の「債務を履行することができなくなった」といえるか
解決内容
Bに対してA社が金30万円余りを支払う内容で訴訟上の和解が成立しました。
弁護士の所感
本件は、従業員による残業代請求と並び、労働紛争として最も多いケースの1つとなります。使用者側が、解雇の無効と従業員たる地位確認の両方を請求されるものです。
仮にも解雇が無効だとすると、従業員としての地位は存続していることとなり、次に民法536条2項本文の「債権者(=本件では使用者側)の責めに帰すべき事由によって(労働者が)債務を履行すること(=本件では労働を提供すること)ができなくなったとき」に該当するのかという点が必ず問題となります。
本件は、A社が最後まで解雇した事実を争ったことから、「Bにとって良かれと思い解雇予告通知書を交付したことが解雇をしたという事実として認められるか」が1つの争点でした。もっとも、解雇予告通知書が証拠として存在する以上、解雇を否定できる事実を証明できない限り、「解雇の事実がなかった」という裁判所の判断を勝ち取ることはかなり難しいでしょう。
そこで、本件でさらに重要となる争点は、上記経緯のもとでBが就労不能の状態に陥ったといえるのかという点です。
A社としては、
・Bがすぐに他社へ就職していたことから、就労不能以前に、元よりA社での就労意思がなかったこと
・A社はBに相談をもちかけただけで、就労を拒否したという事実は一切ないこと
を主張しました。
結論として、訴訟上の和解で決着がついたので、判決となった場合にはどのような判断が下されたかは分かりません。仮に判決となった場合には、「解雇はあったが、Bが就労不能の状態になったとまではいえず、民法536条2項本文の適用(=所謂「バックペイ」の支払義務)はない」との判断がなされる可能性もあったケースだと考えます。
しかしながら、どのような結果にせよ、使用者は従業員に対し安易に「解雇通知書」や「解雇予告通知書」を交付せず、可能な限り弁護士に事前に相談されることが、今回のような紛争の事前予防となります。