裁判所が親権を決定する際の判断基準
目次
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1.はじめに
法律上、親権者指定の具体的な基準は定められていません。
一般的には、父母の双方の事情(監護に関する意欲と能力、健康状態、経済的・精神的家庭環境、居住・教育環境、子に対する愛情の程度、実家の資産、親族・友人等の援助の可能性など)や、子の側の事情(年齢、性別、兄弟姉妹関係、心身の発育状況、従来の環境への適応状況、環境の変化への対応性、子自身の意向など)などを比較考量しながら決定されるべきものとされています(松原正明「家裁における子の親権者・監護権者を定める基準」『夫婦・親子215題』判例タイムズ747号305頁)。
他方で、不貞行為や暴力行為などの離婚原因の基礎となった事情は、当然に親権を決定する際の判断基準となるものではありません(もちろん、不貞行為に及んだ結果、子供の福祉に悪影響を及ぼすようなことがあれば間接的に親権の判断に影響を与える可能性は十分にあります。)。
その上で、裁判所で親権を決定するにあたっては、以下の代表的な考慮事情が主な判断要素となることが多いです。
2.代表的な考慮基準
⑴ 現状尊重の基準(継続性の原則)
従前、主に監護を担ってきた者が引続き監護を担うべきという考え方です。
他の考慮事情と比べても圧倒的に重視される傾向があり、特段の事情が無い場合、多くのケースで現状尊重の基準(継続性の原則)をベースに親権の判断がなされがちといっても過言ではありません。
⑵ 母親優先の基準
父親側のご相談者の方から「親権はどうせ母親が有利なんでしょ?」という嘆きともとれるご相談を頻繁にいただきます。
もっとも、母親優先の基準は必ずしもお子様の年齢にかかわらず常に優先されるものではなく、授乳が必要な場合等、生理学上どうしてもお子様にとって父親よりも母親が重要となる乳幼児期に限られます(この点は色々な考え方が少なくとも筆者はそのように考えています。)。
「親権はどうせ母親が有利」という結果は、生理学上の母親か父親かという違いによるものというよりも、むしろ日本の多くのご家族が、いまだに父親が主に就労により生活費を得て、母親が主にお子様の監護を担ってきたという社会的役割によるところが多分にあり、「母親優先の基準」というよりも「現状尊重の基準(継続性の原則)」によって結果的に母親が親権を取得することが多いということだと考えられます。
したがって、仮に母親が父親と同様、あるいはそれ以上に就労に従事し、父親が主にお子様の監護を担ってきたようなケースでは、お子様が乳幼児期でない限りは当然に母親が優先されるわけではありません。
⑶ 子の意思の尊重の基準
どちらが親権者になるかはお子様にとっても極めて重要な事項の為、お子様の意思は当然重視されるべきものです。もっとも、お子様の年齢によってはそもそも意思表示ができない、あるいは十分な判断能力を有していない等の理由にとって、必ずしもお子様の意思を重視すべきではありません。
この点、お子様が15歳以上である場合は、裁判所でお子様の陳述が聴取されることが法律上必要となっています。またお子様が概ね10歳前後程度に達している場合も、何らかの形でお子様の意見が聴取されることが殆どです。
ただし、お子様は監護の状況や見通し等によって、本心とは異なる意見を述べられることも少なくありません。お母さんの機嫌が悪くなるので、本当はお父さんに会いたいけどあえて会いたくないと話すお子様もいらっしゃいます。
裁判所もそのような事情は十分に熟知している為、お子様の意思は可能な限り聴取するものの、他の事情を総合して親権者を判断するのであり、お子様の意思のみをもって親権者を指定することは殆どありません。
⑷ 兄弟姉妹不分離の基準
一切親権が取れないという状況を回避する為、夫婦間で兄弟姉妹を分離して親権を取得しないかという提案がなされることがあります。もちろん、協議段階であれば夫婦間のみで親権を決めてしまうこともできますが、裁判所は基本的に兄弟姉妹を分離すべきではないと考えています。
裁判所では、比較的重視される基準です。
3.親権の判断基準に関するQ&A
相手と比べて収入が低く生活が安定していないが親権を取れないのか。
経済的事情は親権の一つの判断要素となります。もっとも、通常は、養育費という形で夫婦の収入差は一定程度是正されますので、余程極端な状況でなければ収入が低いことのみを理由に親権が取れないということはありません。
そもそも、幼いお子様の親権を取得し、監護・養育を一人で担うとなれば従前通りにフルタイムで働くことは容易ではありません。実際、多くのケースで専業主婦の方、あるいはパートタイムの方がお子様の親権を取得されています。
相手の不貞行為によって離婚せざるを得なくなったのに親権までも取られてしまうのか。
残念ながら不貞行為自体は直接的に親権の判断基準となるものではありません。他方で、不貞行為に及んだ結果、子供の福祉に悪影響を及ぼすようなことがあれば間接的に親権の判断に影響を与える可能性は十分にあります。
面会交流の実施の有無は親権の判断基準になるのでしょうか。
面会交流の実施の有無も一定程度親権の判断基準になり得ます。一般的にフレンドリーペアレントルールと言われ、面会交流に協力的な親権者を面会交流に非協力的と比べて親権者に指定すべきという考え方が存在します。
もっとも、一切面会をさせないといった極端な事例であればさておき、一般的な範囲で面会交流を認めていれば、必ずしも相手がより自由な面会交流を認めていたとしても当然に親権をできなくなるというわけではありません。
なお、近年ではフレンドリーペアレントルールを重視した平成28年3月29日千葉家庭裁判所松戸支部判決(第1審)を退けた平成29年1月26日東京高裁判決(第2審)に対する父親側の上告を棄却した平成29年7月12日最高裁第二小法廷決定が非常に有名です。